キャリアに関することが主成分のブログで、
タイトルのようなことを書くのは一種の矛盾だ。
…という前提(言い訳)を置いておくが、
ニュートラルな状態を意識的に作っておかないと、
資本主義にいいように使い捨てられるだけとなる。
資本主義・成果主義やそのための努力が絶対悪とは言わないが、
世の中の「常識」からは多少の距離を置くことも必要だ。
端的に言えば「バランスが大事」というエントリーとなる。

「常に動け」という常識を疑え
今更な話ではあるが、日本は資本主義社会だ。
制度の面や実体としての社会主義や共産主義の話はここでは対象外とする。
基本的には、カネを稼ぐ成果と、その努力が肯定される。
交換できる価値としてのカネがないと、
食べ物は手に入らないし、移動手段にも困る。
一定程度、貨幣というものは求めていく必要があり、
わたしも今日の晩飯を買うために働いている。
しかし、構造的に資本主義は暴走する。
人類が戦争の歴史の中で生み出したものであるため、
競争・比較・煽動が容易にインフレする。
特に、SNSの発展は比較を容易にした。
しかも、成功例だけを抜き出した、偏った標本を提供する。
そうなると、休むこと自体が悪という誤解が生まれる。
しかし、これらは単なる構造上の産物である。
わたしの一意見がそうであるように、
時代を超えて成立する普遍性など、ありはしない。
多くの人に共感されやすい、という歴史的な性質があるだけだ。
防衛反応としての無気力
玉石入り混じる情報があふれると判断ができなくなるように、
過剰に急かされる・効率を要求されると動けなくなる。
無意識に、「これ以上は破滅に向かう」という判断だ。
この当然の反応を、資本主義は悪と決めつける。
試しに、カーネギー氏の著書でもめくってみると良い。
外向的な精神で開拓し続けることが美徳と説いている。
怠けることを美徳と言うつもりは一切ない。
わたしだって、サボタージュは腹が立つし、
仕事上で動けない状況が続くともどかしく感じる。
そのようなレベルを飛び越えた、
もっと稼げ、もっと人を減らせ、もっと早く効率的にノーミスで、
といった要求(もはや脅迫だが)を耳元で喚かれ続けると、
閾値を超えたところで一気に拒絶反応が起きる。
関連する部門に所属している人には同情するが、
人的資本経営だとか人財ポートフォリオの開示だとか、
IRの分野から「人間は捨て駒ではない」と再定義する動きは評価に値する。
資本家階級がこれまで搾取をひたすら推進してきたが、
その反動がついに起き始めてきている。
彼らは確かに今の社会インフラ構築に寄与してきたが、
その一方的なやり方は人間のキャパを超えてきている。
無気力というものは、健全な防衛反応・自然な挙動であり、
資本主義の暴走に「NO」を突き付ける自律的な反応だと考えている。
限界になる前に、意図的に無気力になろう
あなたが、自分以外の何かからの要請で、
ライフゲージをすり減らして動き続けた結果としての無気力は、
その発現タイミングを選べない。
休日に来る分にはまだ救いがあるが、
車の運転中に来てしまったら?
組織の命運を左右する交渉の最中だったら?
資本主義の暴走で追い詰められているのに、
その暴走に巻き込まれて立場・生命が危うくなることなど、
あなたには絶対になってほしくない。
現代は「仕方なく」資本主義を採用しているのだ。
であれば、崇拝するような寄り添い方は避けてよい。
危険な要求が資本主義から届いたのならば、
それを断ち切ることはわたしたちに許された権利だ。
意識的に休息を取り、その休息は用事を入れない。
できれば料理や掃除もしないで、その辺を歩く程度で良い。
用事を入れてしまったら、内容が違うだけで動き続けることになる。
休むためには手段を選んではいけない。
両親の体調不良という架空の言い訳を使っても良い。
バレた時に困らない、優しい嘘はわたしは必要だと考える。
これほどまでに、「無気力になること」への需要はある。
そう、信じている。
結び
自分の人生は自分が決める、という言葉があるが、
わたしの感覚としては、そういう言葉ほど危険だ。
そういう言葉ほど、何かのサービスの申し込ませようとしていて、
結局は資本主義に搾取される構造を内包している。
基本的な資本主義のルールには従う。
カネは必要だ。手段として確保しておくことは重要だ。
目的となっては元も子もない。
その上で、距離感を見定めていこう。
低収入でも良いからゆったり釣りをするのと、
何もかも成功した暁にゆったり釣りをするのとでは、
はた目から見て実はそこまで大きな違いはない。
自分の尺度で納得するかどうかがあるだけだ。
目的があることは良いことであり、否定されてはいけない。
その目的が苦渋の決断ではないか。少なくともあなた自身にとって。
偉そうに言える立場ではないが、
無気力という事象・状況を前向きにとらえ、
意識的に構築していくことは常識との適切な付き合い方にもつながる。
心の片隅に、とどめ置いてもらえたら幸甚である。


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