数値化できない「価値」小考

人の一生には何があるか分からない。
営利組織でも、想定外は容易に起こるし、
契約書にすら想定外に対する条項を持つ(Force Majeure)。

計画は方向性までが限界であり、
そのはずなのに具体的に数値化できる価値を求められ、
それに疲弊している状況がどうしても出てくる。

資本主義と数値化が無駄に相性がよく、
本来は資本主義的にならなくてよい部分まで干渉してくる。
その異様に窮屈な状況に対するアンチテーゼのエントリーだ。

測りやすさに走るのは逃げである

徹底的に資本主義的・成果主義的の人は出世しやすい。
そういう人をうらやむ気持ちが、どうしても出てきてしまう。
少なくとも、わたしはそうだ。

その一方で、彼らに対する拒否反応のようなものもある。
そこまで冷徹に冷徹を塗り重ねてでも名を上げたいのか、
数字・数字・そしてまた数字と追い込まれる生き方が正しいのか、
言葉に落とし込み切れない雰囲気やスタンスにこそ価値があるのではないか。
わたしも、日々悶々としている。

資本主義の構造を主体とする世界で生きていくと決めた以上、
ある程度はそのルールに従い、貢献せねばならない。
成果を出さずに飲み会だけ威勢の良い奴は淘汰される。

そういう極論はともかくとして、だ。
数値に表現されないものに一切の価値がないというのも、極論だ。
こうなると、現代科学が踏み込めない領域が、全くの無価値になる。

そんなはずはないだろう。

数値化できないことが無価値だというのは、
拝金主義の視点による幻想であり、資本主義の弱点だ。
具体的な数値にできない目標こそ本来は重要で、
数字にならないことは、あなたの価値を否定する根拠とはならない。

数字にできない=長期的な価値がある

開発系の部門や、人事総務的な領域に属すると、
数値を基軸とした目標を設定しにくくなる。

開発系の部門で、「年度内に新規事業を立ち上げる」などと無責任には言えない。
フラスコの中での論理と、巨大な化学工場の反応容器の事情は全く異なる。
まっとうな上司であれば、確実に定性的な現実路線への訂正を提案する。
何が起こるか分からないので、具体的な設定に躊躇するのだ。

また、常日頃から人件費削減の対象となる人事総務部門は、
円滑なオペレーションそもそもが目的となる。
人件費削減=人員削減であり、新しい目標の数値化よりも、
今の運用を安定化させるソフト面をまず強化しなければならない。

売上を出すことを目標とする部門でも同様だ。
数字だけ追い回して他のすべてを放棄するやり方は維持できない。
無理なく回す体制を作るべきなのだが、数値化が得意な人ほど、
このような抽象的な目標から逃げ続ける。

資本主義は、数字を出すシステムのバックグラウンドを見ない。
資本主義を提唱する著名な人は数多くいるが、
彼らの身の回りを世話してくれる人の努力(特に家族の)を見ない。
そんなシステムが提唱する「理想」など、そもそも破綻している。

見えない価値を、提案する

測れないものなのだからどうしようもないよね、
で終わってしまったらこのエントリーはただの愚痴だ。
せっかくここまで読んでくださっているあなたのためにも、
何かしらの提案はわたしからあって然るべきだ。

ここでは、「習慣的な行動」と「効果測定」を提案する。
具体の数値を出さずに、before・afterで数字が上がっていればよく、
その検証のための行動を数値化する、という考え方だ。

抽象の域にとどまるが、例を示そう。
まずは、チームの雰囲気改善から。
↓
定例チームミーティングで、逐語的な記録を取ろう。
誰が発言・質問したかを明確に取れるようにする。
期初のものから順番に記録をAIにでも読み込ませ、
若手の発現や質問がどの程度増えたのかを統計化する。
そして、あなたは普段のコミュニケーションでチームに気を配る。
手元に記録も残るし、見えない価値への貢献を日々実践できる。

もう一つ、例を出そう。
表立った成果の出にくい、開発系部門を想定する。
↓
「却下されるポイント」の記録を作ろう。
会社の審査(制度には示されない暗黙の部分)や顧客との記録を取り、
過去の記録も持ち出して技術的・コスト的観点を整理する。
顧客の声としての「未充足」があるのならば、営業に繋ぎ、
「繋いだ数」を担当技術の数との比率で数値化ができる。
最終的な成果としての数値とは別に、貢献を示していくのだ。

普段の活動の記録を明確に残すことで、成果を見せることができる。
もちろん、空虚なハッタリであってはいけない。
最終的な成果に裏には膨大な「ダメだった事例」が潜んでいる。
資本主義がここを覆い隠すならば、対向して表に出すことが有効だ。

成果に結びつかなかった事象そのものは、無駄ではない。
真の無駄とは、そういうフィードバックに意識を向けず、
同じ失敗を繰り返し続けることである。
数字だけを見ていては、そうなりやすい。

結び

数値化は、わたしは苦手だ。
人間として見てもらえない感覚がある。

工場の操業など、頭数で計画を立てる場面など、
仕方ない面があることは承知している。
だからこそ、日々の成果への個々人の工夫は評価されてほしいし、
目標だけ達成して残り時間をさぼる人はペナルティが設けられてほしい。

そういう一つ一つのつながりをたぐり寄せるために、
記録という手段で成果を見えるようにして、
最初と最後を比較して変化を実感していく。
地道な活動が、実は一番の近道であると、私は信じている。

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