目標とやる気のギャップ

組織の発展と、個人のやる気を両立させる目的で、
MBOだ何だで目標設定をさせる組織は多い。
進捗を管理しようとする動きも見られる。

それで本当にやる気が出るのか、わたしは懐疑的だ。
私が大層な役割を負っていないヒラだからこんなことを書くのだが、
会社からやる気を押し売りされているあなたへの応援をしたためた。

目標を作ってやる気が出れば世話はない

今回、アイキャッチ画像を探っていたら面白いものができた。
目標管理・MBOに対するわたしのイメージに極めて近い。

リソースが乏しい状況で、ゴール・ご褒美に向かって弱々しい橋がある状態。
わたしはその橋を渡るしかないのだが、抜け道的なはしごがあり、他の誰かが使いそう。
目標管理にはこういう欠陥があるように感じる。

数字・利益を追う(負う)部門はその利益計画達成という責務があり、
その点に関して外野が文句を言う資格はない。
組織が生きるためには、ある程度の金が必要だ。
そのためには無計画にリソースは使えない。
厳しい戦いを強いられる状況が、日常化している。

一方で、研究開発や財務・法務・人事などは明確な目標を作りづらい。
 ・失敗した実験が副次的な発明を生む可能性は予測の対象から外れている。
 ・決算のための情報収集は、どうしても時間がかかるし都度状況が変わる。
 ・法改正の完全予測はまず不可能で、イレギュラーな法務対応は出る。
 ・人事も、全員が満足する評価制度設計という、理想郷に挑み続ける。

そんな中でも計画を作れというのだから、皆が消耗する。
コストセンター(金喰い虫)と呼ばれ、ネガティブキャンペーンも起きる。
自分だけで生きていけるなんてありえないのに、それに気づかない人はいる。
何とも悲しいことである。

突飛な奴だけが評価される

それに加えて、昨今は多様性だとかいう言葉が飛び交っており、
個性的なアクションを称賛する風潮すらある。

そういう活動を否定する考えは今の私にはないが、
彼らが突飛な活動をできるのは、それを支える活動があるからだ。
財務活動(予算取り)にせよ、賃金計算(給与支払い)にせよ、だ。
念のため言うと、わがままを吠え散らかすことは個性ではなく、軽蔑の対象だ。

それを無視して、目立つ部分だけ見て評価・報酬が決まっていく風潮に、
わたしは明確に反対を表明する。ふざけるな。

彼らの活動に全く意味がないとは言わないが、
上っ面のきれいごとを町内会のお祭りレベルでやっている程度の話で、
そのバックヤードに属する人が不当な評価を受けるのは、狂気の沙汰だ。
このご時世、カビの生えた盆踊りに出かける暇など、誰も持ち合わせていない。

あなたの仕事は、どちらに属するだろうか?
どちらに属していても、顔も名前も知らない人を支え、時には支えられていることを、
少しでも認識できる機会があると、わたしとしては嬉しい。

腐らないだけでも十分(と思う)

とはいえ、あなたの意志とは無関係に突飛な奴が評価される。
炎上系の配信がはやるのも、残念ではあるがその一種だ。

だとすれば、できることは何もないのか?
わたし自身の慰めでもあるが、そうではないとわたしは考える。

そのできることとは、ひたすらに腐らないこと。
「どうせ自分なんて」と決めつけ、やるべきことからも目をそらすと、
あなたの世界はどんどん色あせる。

大層なことは言わないし、私にそんなことを言える大義はない。
ただただ、目の前の、今のあなたが託された使命を、こなしていく。
その先の誰かを助けられることに、誇りを感じる。
だが、それを偉そうに周りには言わない。刹那のことだからだ。

これが、第一歩にして頂点ではないだろうか。

結び

偉大な指導者がいたところで、
それに従い、実際に動く人がいなければ歴史は生まれない。
あなたの活動は、確実に歴史を動かしているのだ。

このことをまずはかみしめ、達成を実感する。次のことは自然と出てくる。
次のステップの予想をしておくことに越したことはないが、
その予想とやらは外れることの方がきっと多い。

目標というものは、この程度に考えておく方が、
精神衛生上健全だというのがわたしの意見だ。

バリバリのコンサルの方がこの記事を読んだら笑うだろう。
笑ってくれて構わない。甘んじて受けよう。
そのフレームワークとやらで世界平和を実現してから言ってほしいが。

金もうけの最適化だけが唯一の答えではない。
組織と個人が高めあっていけるために崇高な目標を掲げることも否定しない。
ただ、「こういう考えもある」程度に思っていただければ幸いである。

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