組織で活動していれば、避けられない。
わたしも受けてしうし、全く平気ではいられない。
気持ちの整理をしたためたので、あなたと分かち合いたい。

誰を責めても意味がない
わたしの考えが甘い部分ではあるが、
いま、わたしが生きている職場は不真面目に仕事をする人はいない。
少なくとも、わたしはそう信じている。
その一方で、どんなに頑張ってもイレギュラーは残る。
そして、イレギュラーほど対応に終わりがなく、しかも変則的で、
時間をかければその分だけエラーも出やすくなる。
…というのが自然であり、だからこそ、
イレギュラーの潰しこみは全員で力を合わせるものである。
自然科学を相手にしたことがあれば、当然の感覚だ。
突然の雨は笑って受け流し、天気の回復を屋根の下で待つだろう。
しかし、その当たり前を、理解しない人間は意外といる。
そういう人は、「システムが完璧ならばそんなエラーは起きない」と主張する。
わたしに言わせれば、そんなことこそあり得ない。
人知を超えた超自然が気まぐれに作った人類が、
完璧なシステムなんて作れるわけがない。
あなたの近くにも、この単純な理論を知らない人はいないだろうか。
それで、ちょっとした欠陥を責め立てたところで、
得られるものと言えば一瞬の優越と、人間関係へのダメージだ。
正しいから何を言っても良い、と思っているのであれば随分とおめでたい。
多くの人に迷惑を与えるデータ改ざんや隠ぺいなら話は別だが、
世間をにぎわすニュースとは程遠い程度のトラブルであれば、
「起きてしまったなら皆で何とかしよう」と考えないと、
そろそろ人類はストレスで絶滅するのではないだろうか。
カウンターは「一般論」と「感謝」
あなたは、感情的なメール攻撃に疲れてしまう立場だと推察する。
そこであなたが受け止めてくれるから、社会が成立している。
文面だけでは伝えきれないが、本当に感謝しています。
だからこそ、無意味で感情的な攻撃から身を守ってほしい。
あなたが倒れたら、わたしは悔しい。
それに、連鎖的にたくさんの人が倒れる。これも悔しい。
感情的に攻撃することは、呪いのようなものだとわたしは考える。
相手との間に、怒りや悲しみで縁(≒前提)を作る行為である。
怒りや悲しみも大事な感情である。だからこそ使い時を選ぶべきだ。
少なくとも、反射的に出してよいものではない。
しかし、出してくる人はいる。
よりにもよって、かけがえのない、あなたに向けて。
相手にしなくて済むならば良いのだが、
そう簡単ではないのが現実だ。最低限、関わらなければならない。
わたしの対処法を参考として紹介する。
明確には答えない一般論+感謝を込めた返信を打っている。
また、返信は最低でも半日以上の時間を空けている。
例えば、「お前の依頼内容が分かりにくいからミスが出た」という言いがかりには、
「毎年状況が変わる中での対応であり、改善策は継続して検討する」という趣旨で、
「意見を出していただきありがとう」で締めくくる。これ以上はやらない。
「依頼をしっかり読まなかったお前が悪い」と返してはいけない。やりたいが。
事細かに事情を説明すればするほど追撃の機会を与えてしまう。
さらなる返答を考えることになり、あなたの貴重なリソースが削られてしまう。
スパムメールにせっせと返信するようなものだ。
チーフの責任は、組織感情のコントロール
感情的な攻撃メール発信を許す組織があるとすれば、
その組織のチーフがそれを許しているということだ。
わたしの場合、身内がそのようなことをしでかしてしまったら、
相手方にフォローを入れ、その身内に対して次回以降の注意を伝える。
チーフには、組織間の関係を健全に保つ責任がある。
自組織だけよければよいというチーフは、私に言わせれば三流だ。
システム全体のことを考えていない、狂った発想だ。
誰しもが支え、支えられている。
立場は、時間経過とともにいくらでも入れ替わる。
技術屋が営業や調達に回ることもあり得るし、
支社と本社との間でのローテーションが総合職にはある。
組織の階層構造はあるが、本質的には仕事は精一杯やるだけだ。
たくさんの立場を理解し、総合的な調整ができるように成長する。
この見識に立てず、ポジショントークを繰り返すなら、未来はない。
その意味で、わたしはジョブ型とやらに反対だ。視野が狭くなる。
チーフとなる人物は、人格的に成長した人が登用されるべきで、
誰かを蹴落とすことで成果を出してきた人は、部下を持ってはいけない。
極論と言われて結構。これが私の考えである。
結び
感情は大事なものである。
生きるために人類が獲得してきたものである。
あなたも、わたしも。
だからこそ、他の人の生命を脅かす使い方は慎むべきだ。
それをやるなら、同じことをされるか、見捨てられるかだ。
偏見として述べさせてもらう。
すぐに快楽を得られるようなサービスがはびこっている昨今、
攻撃的な表現も比例して増えているように感じている。
即効性の快楽が手に入らない、という当然のことに対して、
思い通りにならない⇒面白くない⇒速攻での攻撃
という繋がりがあるように思うのは私だけだろうか。
大層なことを言える身分ではないが、
ノイズや不協和音はこの世界にある当然の事象であり、
これらに対して過度に騒ぐほうが異常だと気づくべきだ。
VUCAとかいう表現も、この部類だ。
だからこそ、せめてそれを断ち切るための対応を、
あなたからとっていただけると幸いである。
押し付ける意図は一切ない。参考程度に考えてもらいたい。


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