ゴミ拾い、続けています

わたしの活動継続のモチベーション維持に、
どうかお付き合いいただきたい。
写真は今回の成果物である。

風紀を考える

日本の風紀が悪くなっている、と言う人は増えている。
メディアがその責任の一端を担っている気はするが。

その「風紀」とやらを認識する指標の1つは街並みだろう。
ざっくり言えば、汚れているかどうかだ。

わたしだって、きれいな街とスラムを選べるならば、
きれいな街を選ぶし、その環境が続くことを望む。
命の危険があるようなスラムでは、多分わたしはすぐに殺される。

きれいな街からスラムへの変遷というものがあるならば、
「悪い状態の放置が許される」かどうかが分かれ道になるだろう。
道徳というものは、良い状態を維持しようとする人々の努力ありきだ。
無理が通れば道理は消えてしまう。野生の動物に近くなる。

嘆く人は、動いているか?

コメンテーターを揶揄する意図はないが、
大層な理想を訴える人には、それを体現する責任というものがある。
制度の欠陥を指摘するだけなら、3歳児でもできる。「大人はずるい」と。

かと言って、戦争を止めるほどの力は一介の人間にはない。
少なくともわたしにもない。残念ではあるが。

だからと言って動かないのも精神的に未熟である。
募金や寄付、献血はすぐできる選択肢だ。(献血は体質依存なので要注意)

医療難民が問題になっているならば、
栄養の知識を持ち、運動する。
住む場所にこだわらず、辺境な地域からは移住する。

企業の人手不足が話題になっているならば、
少なくとも今すぐ仕事を辞める選択肢は放棄する。
サビ残は駄目だが、目前の仕事からは逃げない。

話題がやや大きくなってしまったが、
街の風紀が問題というならば、ゴミを拾おう。
文句を言うことでゴミがひとりでに片付くことはない。

お礼を言われることがある

5月の連休中に、2回ゴミ拾いの出動ができた。
わたしとしてはこれだけで十分な成果なのだが、
その2回とも、道行く人に声をかけられた。

特にそういう報酬を目指したわけではない。
トップ画像の写真は自己満足として撮ったが、
その他のPR活動は一切していない。(動画など以ての外である)

にもかかわらず、だ。
挨拶してくれる人、お礼を言ってくれる人と巡り合った。

また会うかも怪しい人が、
言葉を発するという労力を私に割いてくれた。
これは非常に大きな成果である。

押し付ける意図は一切ない。
ボランティアとはそういうものだ。(有償のものもあるが)
しかし、このような無形の財産が積み上がることもあるので、
金銭的な損得から離れた活動をしてみるのも良いと思う。

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