相対的な「唯一の解」

この世界に、すべてを解決する万能薬などない。
今日もどこかで誰かが臨床的に恐る恐る薬を飲み、
その作用・副作用が連なり、世界という系が複雑化している。

それを知ってか知らずか、単純さを求める声があり、
その声に半端に応える発信側の人がいる。
そういう人に限って、「○○が唯一の道だ」と言う。

そんなことはないだろう。
その思いをここにしたためた。

ウケが良い「唯一の解」

この世界のすべてのことを数式化できるほど、
人類の知識レベルは高くない。
できているなら、戦争はなくなっている。

だからといって、諦めてもいけない。
世の中は自分のどうにもならないことが多いからこそ、
トライ・エラーを積み重ね、進歩を求めねばならない。
この行為を放棄することは、人生の放棄と同義だ。

あなたも、わたしも、この前提で人生の中で努力をする。
しかし、厄介なことに、人間はそこまで強くない。
簡単にできる方法があれば、それにあやかろうとする。

こんなときに、「唯一の解」がやってくる。
誤解を恐れずに言えば、陰謀論や唯一神もこの類だ。

このプロセスにだけ従えばよい。
○○を守ればすべてがうまく回りだす。
信じてよいのは☆☆☆だけ。

このようにささやいてくる法則やらプロセスやらは、
読んでいて心地よい。単純で分かりやすく、
明日からこれに沿って頑張ろうという気持ちにさせてくれる。

が、時間を空けて見返すと、とても適用できないことに気づく。
抽象的すぎたり、感覚的な展開であったり(このエントリーも大概だが)、
そして何より、適用範囲が狭い。

しかし、初めて出会ったその瞬間は、惹き込まれる。
自分の悩みを解決してくれそうなシンプルなパワーに弱いのだと、
少なくともわたしは何度か思い知らされている。

…ここまで書いていて思ったが、進〇ゼミの広告も似たようなものか?

経験はその人だけのもの

黒曜石加工のような生きるためのツールの進歩よりも圧倒的に狭い次元で、
本や動画の「唯一の解」は姿を出してくる。

新しいパソコンスキル1つ覚えても、あなたの給料は倍にはならない。
大事なのは積み重ねていく姿勢そのものであり、スキル単体ではない。
しかし、「唯一の解」はこのスキルの方に焦点を当てる。

スキルとは、特定の環境・条件下で目標を達成するために、
その当事者が身に付けていくことが前提となる無形の道具だ。
資格試験で知識を蓄えるのも、その一種であり、
目標となるものが終われば、そのスキルはお役御免となる。

汎用スキルは他の局面でも役に立つかもしれないが、
あくまでも「かもしれない」にとどまる。
その一つ一つを積み上げた経験は、その当事者の文脈でのみ有効で、
他の誰かにそっくりそのまま適用できることは、まずない。

この前提に立てば、世の中のビジネス本の大半は、
流し読みで良いことが分かるだろう。
特に、読みやすく書かれた本はこれに当てはまる。

その著者にとっては大事なスキルだ。ここは否定してはいけない。
ただし、あまりにも前面に「これが唯一の道だ」と主張していると、
視野が狭いコンサルだと(わたしは)思ってしまう。

狭い視野は陰謀論に弱い

やや暴論であることを自覚しているが、
自分の視野や選択肢を限定して物事を判断することに慣れると、
信じたいものしか信じなくなる。確証バイアスだ。

厄介なことに、当事者は「自分はしっかり検討している」という自負がある。
確証バイアスに一般的なのかは不明だが、自己強化されていく。
特定のインフルエンサーの配信のみでせっせと勉強するようなものだ。

特定の経験のみに基づく法則は、適用できる範囲が狭い。
狭い中でのみ成立する強烈な法則にすがることになるので、狂信的になる。
狂信性とカルト・陰謀論は相性が良い。洗脳しやすい。

洗脳が宗教だけだと思わないでいただきたい。
芸能人に対して使われることのある「アイドル」という言葉は、
本来は宗教的な崇拝の対象を表す言葉である。

「夏はビール」のような風物詩的なキャッチフレーズから、
「○○しない人、馬鹿です」と物事を矮小化する煽り文句まで。
短絡的な解を外部から提示されたら立ち止まる姿勢は、持っておきたい。

黙って受け入れていたら、搾取される。

中庸という選択肢

何かにすがりたい状況自体を、否定はしない。
一方で、自分自身で考え・決めること、その結果をも引き受けること。
その一つ一つを積み上げていく行為こそ、大事にしてほしい。

最近は中庸が無個性・無価値・どっちつかず…と馬鹿にされるようだが、
制御工学において目先の事象に過剰反応すべきでないことは立証されている。
急ブレーキ・急発進が危険すぎることは、感覚的に理解いただけるだろう。

単純な解に走ることは、それ以外のスタンスを断ち切ることであり、
狭い範囲でのみ生きていくことの宣言であり、引きこもりになる。

心の奥底まで理解する必要などない。
あなたが持っているスタンスとは異なる立場の人もいる。
その考えに至る経緯が、あなたの知らないところで起きた。
ただそれだけ、理解しておけばよい。

複雑な事象の受け入れは、不快になるかもしれない。
だが、それで良い。別に死ぬわけではない。
ありのままの受け止めだけでも、複雑性の存在を知るだけでも、
短絡的に走りすぎることへの抑止力となる。

結び

即断即決は、ビジネスにおいては重要とされる。
判断が遅くなって案件を取り逃すことは、避けるべき事象だ。

その一方で、何が何でも取りに行くスタンスも危険だ。
最後の最後で不条理な契約を結ばされる可能性があり、
そのことに気づかない危険性も高くなる。
「案件は絶対取る」という短絡の負の結果である。

ここまで書くと、「だからダイバーシティは大事なのだ」となるが、
これも単純化された解の一つであることには留意すべきだ。

属性だけかき集めて統制を取らなければ、ただのならず者の傭兵だ。
役に立たずに空中分解する。断言する。

主軸は何なのか、それに相対する軸として何がどの程度必要なのか。
ダイバーシティとは組織運営ではなく組織設計の議論である。
目的を持つ組織を運営する以上は、当初の目的を忘れてはいけない。
このことは個人レベルでも言える。

明確な結論とならずぼやけることは申し訳ないが、
敢えて曖昧なままにさせていただきたい。

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